Vol. 8 ヒメバチ科フトマルヒメバチ亜科

Subfamily Eucerotinae (Family Ichneumonidae)

 本亜科はEuceros属のみを含み、他のヒメバチなどに高次寄生を行う大変面白い一群です。ヒメバチの中でも特に面白い生態を持つにも関わらず、残念なことに国内における生態記録はありません。

 国内に産する本亜科(属)の分類はUchida (1958)で行われましたが、その後、Barron (1976, 1978)は全世界の種を検討し、Uchida (1958)の体系もふくめて再検討をしました。その後、Kasparyan (1992)によって旧北区東部からいくつかの種が発見されましたが、日本産種は現時点で私が確認した範囲ではBarron (1978)の種に限られています。

 今回、日本産既知種全種を含んだ検索表を作成し、形態情報を図示しました。一部情報はこちらも参照下さい。

参考文献

 

Barron, J. R. (1976) Systematics of Nearctic Euceros (Hymenoptera: Ichneumonidae: Eucerotinae). Naturaliste Canadien, 103(4): 285-375.

 

Barron, J. R. (1978) Systematics of the world Eucerotinae (Hymenoptera: Ichneumonidae) Part 2. Non-Nearctic species. Naturaliste Canadien, 105(5): 327-374.

 

Kasparyan, D. R. (1992) New East Palearctic species of Ichneumonid genera, Idiogramma Foerst., Sphinctus Grav., and Enceros Grav. (Hymenoptera: Ichneumonidae). Entomologischeskoye obozreniye, 71(4): 887-899. (Entomological Review, 72(6): 95-108.)

 

Uchida, T. (1958) Systematische Übersicht der Euceros-Arten Japans (Hym.: Ichneumonidae). Mushi, 32: 129-133.

 

日本産既知種の検索表

Barron, 1978を基に作成、一部加筆)

 元の検索表は判りにくいため、補足を設けました。筆者の主観が主ですが、検索作業が大分容易になるかと思います。

 

.以下の全てが該当する:大腮の下の歯は上の歯よりわずかに短い。前伸腹節のPetiolar areaは大きく、前伸腹節の長さの半分程度を占める。♂の触角拡大部は側方で近接する部位を超えて幅が拡大し、歯状突起を外方にのみ有する。前胸背板襟部の前縁はアーチ状で、中央隆起の先端の切れ込みは弱く、縁は凹まない。後脚腿節は赤褐色。後体節は黒色から赤褐色部で、黄色紋を欠く。

・・・E. albitarsus Curtis, 1837

[補足]後体節背板は広く赤色部を持つ。日本でこのような色彩の種はクボミフトマルヒメバチの一部のみである(台湾にも後体節が赤い種がいる)。筆者は今のところ、本種の標本を確認していない(北海道を中心に追加個体が得られる可能性はある)。

.上記の組み合わせが当てはまらない。

・・・2へ

.後頭部は強く切れ込む(図A)。後体節第一背板は黒色か赤褐色で、黄色紋を欠く。

・・・E. rufocinctus (Ashmead, 1906) クボミフトマルヒメバチ

[補足]後頭部の切れ込みで容易に識別できるが、極東地域にはより小型で、後体節に黄色紋を持つ別種がいるので、注意。山地を中心に、しばしば得られる。

.後頭部は切れ込まない(図B)。後体節第一背板はしばしば黄色紋を有する。

・・・3へ

.頭盾前縁は鋭く、反り返る。大腮の下の歯は上の歯より幅広い。前胸背板襟部前縁は半裁断状。♂の触角拡大部の各節の先端縁と基部縁は縦軸に対し90度で、側方は直線状で近接の節を超えて拡大せず、各節の突起は両端に存在し、いくぶん伸長する(図L)。

・・・E. clypealis Barron, 1978

[補足]本種とフトマルヒメバチ、pectinisの3種は互いに非常に良く似ており、注意が必要である。Barronの検索表では上記のように大腮の歯の幅が比較されているが、筆者が調べた限り、本種の大腮は先端方が丸みを帯びる(図I)のに対し、少なくともpectinisでは尖る(図J)点で識別できる。頭盾の反り返りは少なくともpectinisでも若干生じるので、本種に限らない(図C, D)。♂の識別は触角拡大部の観察で容易に行える。少なくとも関東地方の平野では最も普通の種で、従来フトマルヒメバチと同定されている標本は本州以南では多くは本種の可能性がある。

.頭盾前縁は鈍く、反り返らない。大腮の下の歯は上の歯より狭い。前胸背板襟部前縁はアーチ状。

・・・4へ

.以下の全てが該当する:体色はほとんど黒色。大腮の先端の歯は広く分断されない。前翅翅脈、2rs-m2m-cuの間は短い。

・・・E. albibasalis Uchida, 1932

[=brevinervis Barron, 1978

[補足]筆者は未見。

.上記の組み合わせが当てはまらない。

・・・5へ

.♂の触角拡大部の先端縁と基部縁は縦軸に対し斜め、側縁は丸い、近接する部位を超えて伸長しない(図N)。後脚第5付節は暗色。♀の後体節は黒色か黄褐色みを帯びた赤褐色で、第12背板は先端に薄い色の帯か紋(大抵黄色紋)を有する。

・・・6へ

.♂の触角拡大部の先端縁と基部縁は縦軸に対し直角、側縁は直線状、近接する部位を超えて伸長する(図M)。後脚第5付節は薄黄色。♀の後体節は赤褐色で、先端の薄い色を欠くか完全に黒色で第1-4節先端は薄色部を有する。

・・・8へ

.♂の触角拡大部の線状隆起は線状で、横に並ばず、比較的不規則。顔面は短い。頭盾はほとんど先端が突出しない。♀の後体節第12背板は明瞭な大きな黄色紋を持つ。

・・・E. sensibus Uchida, 1930 キモンフトマルヒメバチ

[補足]国内の本属ではclypealisとならび最も普通に見られ、特徴的な色彩で識別は容易。

.♂の触角拡大部の線状隆起は卵形で、部分的に規則的に横に並ぶ(図N)。顔面は伸長し、頭盾は先端が鈍く、狭く、強く突出する。♀の後体節第12背板は明瞭な黄色帯を持つ。

・・・7へ

.♂の触角拡大部の先端縁と基部縁は縦軸に対し強く斜めで、拡大部は幅広く、歯状突起は内縁と外縁に存在する(図N)。前胸背板襟部中央隆起の先端は中央で強く切れ込み、縁は凹み、後方で収束せず、葉片は伸長する(図G)。♀の後体節は黒色で、各節先端側方が狭く黄色部を有する。

・・・E. pruinosus (Gravenhorst, 1829) オオフトマルヒメバチ

[補足]山地でしばしば得られる。

.♂の触角拡大部の先端縁と基部縁は縦軸に対しより弱く斜めで、拡大部はより狭く、歯状突起を欠く。前胸背板襟部中央隆起の先端は中央で浅く切れ込み、縁は凹まず、後方で強く収束し、葉片はとても短い。♀の後体節は黒色で、各節先端に黄色帯を有し、黄色紋も有する。

・・・E. kiushuensis Uchida, 1958 キマダラフトマルヒメバチ

(欧州に産するE. superbus Kriechbauer, 1888 のシノニムとする考えもある)

[補足]非常に美しい種で、識別は容易。本種に良く似て黄色紋が多い種(おそらく日本未記録種)が得られているが、後体節第1背板は基部と先端両側方に計3つの黄色紋を持つこと、後体節第2~4背板の黄色紋は左右に分離していることと、体がより大型で、15ミリ近くある点で、本種とは識別できる。

♂の触角拡大部は伸長する。前胸背板襟部中央隆起の先端は中央で強く切れ込み、縁は後方で収束せず、葉片は伸長する。前翅翅脈、2rs-m2m-cuの間は短い。顔面は伸長する。体色はほとんど黒色で、広範囲に黄色紋を有する。前伸腹節と後体節第1背板側方は大抵赤褐色。

・・・E. serricornis (Haliday, 1839) フトマルヒメバチ

[補足]本州以南で本種の標本を確認していない。生息している可能性は大いにあるが、同定の際はclypealispectinisとの混同に注意する必要がある。

.♂の触角拡大部は長さより幅広(図M)。前胸背板襟部中央隆起の先端は中央で浅く切れ込み、縁は後方で強く収束し、葉片は短い(図F)。前翅翅脈2rs-m2m-cuの間はより長い。顔面はより短い。体色はほとんど黒色で、より少ない黄色紋を有する。前伸腹節は黒色で、後体節第1背板先端縁側方は黄褐色。

・・・E. pectinis Barron, 1978

[補足] しばしば得られる。フトマルヒメバチに似るとされるが、上記検索表で識別できる。

図:各種フトマルヒメバチのスケッチ―A, クボミフトマルヒメバチ E. rufocinctus (♀); B, H, キモンフトマルヒメバチ E. sensibus (♂); C, E, I, L, E. clypealis (♂); D, F, J, M, E. pectinis (♂); G, K, N, オオフトマルヒメバチ E. pruinosus (♂). A, B, 頭部背面; C, D, 頭部側面, E-H, 前胸背板背面前方中央の突起(前方の縁は前胸背板前縁、後方の縁は中胸盾板のおおよその縁); I-K, 大腮; L-N, ♂の触角拡大節(Nのみ一部表面にある感覚器の配列を記入).